| トルコ旅行(22)イスタンブール(6) |
11月6日: 昨日の最後の観光は、ボスポラス海峡クルーズでした。
ヨーロッパサイドとアジアサイドのトルコを見て、両サイドを結ぶ橋が日本企業の建設であることも知りました。
今日見学するドルマバフチェ宮殿の全容も海から見ました。 右端は写っていません。でっかい宮殿です。
そりゃそうだ、生活は近代化しているのにいつまでもトプカプ宮殿に住んでいるわけにはいかないよねえ、駐車スペースもないし、西洋服のクローゼットだって要るし・笑・・と納得。 冗談はさておき宮殿にはそれぞれの王子の家庭教師団用の部屋もありました。
ドルマバフチェ外観

オスマン帝国最後のスルタンの居城で、 (16)で紹介した政権交替した初代大統領アタチュルクはここで亡くなった。
トルコ国旗で覆われたベッドもありました。 宮殿内の時計の一部は今でも彼の死亡時刻9時5分を指したまま。

内部は撮影禁止ですが、 トルコの威信を示すため大広間(絨毯)やシャンデリアなど見事です。
この宮殿から徒歩10分のところに世界初の地下ケーブル駅・カラキョイ駅があります。

テュネル広場駅までを結んでいて、全長573メートル、高低差60メートルの勾配を1分半かけて時速約25kmで上下する。 世界一短い地下鉄とされることも。車両は2編成。 下車してガラタ塔まで・・「世界街歩き」風にまとめました。 時計回りに見てね。(^_^)v
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| トルコ旅行(21)イスタンブール(5) |
エジプトバザールで1時間のフリータイム。 値札のない買い物は苦手だし・・というわけで 出発前に旅ブログでいいところを見つけ、 入り口を入るとすぐに左手の階段を上り「パンデリ」というレストランに入りました。
「あそこのトルココーヒーは美味しかった。」と後日夫が言いましたが、 トルココーヒー2人分とミネラルウオーター1本で勘定は10リラ、あまりの安さに2重の喜びでした。

おわかりでしょうか? 上段3枚がバザール外ボスポラス海峡側に面した画像、 下段3枚がバザール内に面した画像です。
それでも時間が余ったので隣のイエニジャミーを見学しました。

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| トルコ旅行(20)イスタンブール(4) |
トプカプ宮殿
宮殿内の「コンヤリ」というレストランでお昼を食べました。 お天気が良くボスポラス海峡も濃いブルーに輝いていました。お天気に感謝
まずは、仰天トプカプの至宝を見てまわり(絵にも描けない輝き・撮影禁止) 次は15トルコリラを払ってハーレムに入りました。



マイセレクトはほとんどタイルになってしまいます。 すみません。これらの文様全て着物や帯に・・もう実行済みでしょうね。
宝石をちりばめた布のみハーレム外の謁見の間のもの、この程度の宝石は撮影も可です(笑)
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| トルコ旅行(19)イスタンブール(3) |
いつも現地ガイドさんの話を聞き、初めて知ることが多い。 そして、この場をお借りして、まとめながらさらに「へー」と納得し、 さも前から知っているかのように文章にしています イスラム圏は初めてのことで、さらに知ったかぶり度が強いです。
アヤ・ソフィアの外観

世界遺産の番組でもよく見ており、 巨大空間にキリストのモザイク画、外見はモスクの造り、まか不思議な融合建築だよねえ、くらいの知識でした。
トルコの旅(12)で「新制ローマ帝国ってコンスタンチノープル(現イスタンブール)が首都だったんや〜」ぐらいの知識
アヤソフィアは360年キリスト教の聖堂として建設され始めたんです。 そしてほぼ100年周期で崩落・焼失・再建を繰り返し、 1346年にもドームが崩落しています。 まあとにかく1000年以上キリスト教の大本山だったわけです。
1453年オスマン帝国の手に落ち4本のミナレットが建てられました。 イスラム教は偶像崇拝禁止なのでモザイク画は全て500年もの間漆喰とタイルで塗りつぶされていたのです。 ここはアヤソフィア・ジャミーとなり、 スルタンも毎週金曜日にはイスラムの礼拝に訪れていました。
そして1935年、これまたトルコの旅(16)に登場のムスタファ・ケマルの命により、アヤソフィアは無宗教の文化財として公開された。 その後、ビザンティン研究所は1950年代までモザイクの調査と漆喰の除去を行った。
漆喰除去前後

トルコ共和国政府の手でアヤソフィアは博物館として公開された。 右手ドーム内だけオスマン時代のまま。
2階

ウィキペディア(Wikipedia)でアヤソフィアで検索したらもっとモザイク画があったんですね。 私達は2階でゆっくりしすぎて、1階を見逃していました。 最後は入り口アーチを飾るモザイク画。

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