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残り3ヵ月となりました。
アンマンへ行ったついでにまだ行ったことのないアンマン近郊のサルト、アジュルンなどへアンマンから日帰り旅行しました。

2枚の写真はサルトの博物館です。


オスマントルコ時代の女性の巨大な服が展示されていたので面白く思い撮ったものです。
壁一面に張られていた衣装の大きさにびっくり。

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裾を手繰って袖もうまく頭に巻きつけて、着付けるとそれほど大きいとは思いませんね。

これだと太ってもやせても、それに重なっているので寒さ避けにもいいかもしれません。

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では、また。
お元気で。


温泉好きの夫とアンマンに行ったついでに日帰りで
ハママートマインという温泉に行きました。

断崖から熱いお湯が下に向かって勢い良く落ちてくるので
その下ではまるで熱い集中豪雨の中にいるみたいで
長くいられませんでした。

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ホテルの写真の右の断崖から滝が流れているのが見えたらいいけど・・・
そこにあるエバーソンホテルはヨルダンで一番といわれる高級だそうで機会があればということにします。

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もう一つヨルダン川東側にあたるバプティストサイトという
キリストが洗礼を受けたという場所も行きました。
両方とも死海の近くにあります。
数メートル対岸はヨルダン川西岸のイスラエルです。

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遅ればせながら元旦にアカバ湾を見ながら、アルギーレ(水タバコ)の男達の後姿の写真も添付。
こんな元旦もいいかもしれない。


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アンマンで中庭つきのホテルに泊まり、緑がきれいに撮れました。
アカバにいると緑に飢えてきます。

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あさって、また、久しぶりにお風呂に入りにアカバの5星ホテル、ケンピンスキーに行く予定。
いつもシャワーの後はお湯でも寒い寒いと思うので、
ゆっくりバスタブに浸かれるのは何よりもうれしいことです。

では、また。



こちらのお正月は初詣もなく、お雑煮だけ食べて、
散歩がてらアカバ湾のビーチへ行きました。

夫には近くのモスクへ拝みにでも行こうかと冗談をいいましたが・・・


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ビーチではアルギーレを楽しむグループがいたり、子供は裸で水遊びをしたり、
やっぱりアカバは避寒地ですね。
ヨーロッパやヨルダン北部から観光客がきています。
海の水は触れると生暖かかったです。今、室内温度20度です。
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大きな旗はパレスチナの旗でアカバ市内の遠くからでも見えて、目印になっています。
元旦当日は風もなくはためいていませんでした。


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散歩の帰りに近くの魚市場に寄って(元旦も普通に開店)
新鮮な鯛と赤いかをゲットして、早速おいしく戴きました。
アカバは魚が安く手に入るのでありがたいです。
ちなみに鯛2匹(1人1匹で十分の大きさ)と赤イカ500グラムで10JD(千円ちょっと)

日本では考えられないね。

4日に唯一の随伴家族付きシニアボランティアがアカバを離れます。
後任のボランティアは奥さんが来ないそうです。
寂しいけど、まあ、仕方がないね。
今日は夜はアラビア料理店で送別会です。

6月は私達の帰国の番ですが、
最近はエネルギー切れですぐ疲れて、夜はいびきをかいて寝ているそうです。(夫いわく)



(注)もっと以前にお便りが届いておりましたが更新が遅くなりました。日時はその時点での日付です。






ペトラは、ヨルダンにある遺跡。死海とアカバ湾の間にある渓谷にある。死海から約80km南に位置する。またペトラとは、ギリシャ語で崖を意味する。
1985年12月6日、ユネスコの世界遺産(文化遺産)へ登録。
2007年7月、新・世界七不思議に選出。

紀元前1200年頃から、エドム人たちがペトラ付近に居住していたと考えられている。エドム人たちの詳細は不明である。
(旧約聖書の創世記第36章からの文書データによると、アブラハムの孫・エサウ系の子孫と、その地のセイル(セラ) 山地に先住していたホリびとセイルの子孫らとの一部混淆による人たちであろうと推定されうる。) 

立地条件の良さのため、紀元前1世紀ごろから、エドム人達を南へ追いやったナバテア人達が居住しはじめる。
ナバテア人はアラビア付近の貿易を独占。それにともないペトラも古代ナバテア人の有力都市として栄えた。

紀元前64年から紀元前63年ごろ、ナバテア人はローマの将軍、ポンペイウスにより、その支配下におかれる。
ローマは、ナバテアの自治は認めたものの、税を課した。
また砂漠から進入してくる異民族の緩衝地帯とした。
また、ローマ風の建築物の造営がこのころ始まった。
  ウイキペディアより


ペトラは映画「インディージョーンズ」の舞台となり一躍有名になりました。
観光客はほんとにいっぱいでした。

ちなみにペトラとはギリシャ語で「崖」という意味です。
広すぎて一日では全部まわれないと思います。
私はほんの少しだけでギブアップ。途中ロバにも乗りました。

 
手前のシークという岩の間の狭い通路を約1000メートルぐらい抜けると前にペトラ遺跡が広がります。

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エル・カズネ(宝物殿)
この建物の上部の石の壺に宝物が入っていたと言われる

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ペトラの中は馬車、ラクダ、ロバに乗って観光出来ます。

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エルハズネの前でラクダの口の動きがあまりにおもしろかったので撮りました。

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昨年のことになってしまいますが
10月の半ばの犠牲祭のお休みの時にベドウィンの村ワディラムと世界遺産ペトラ遺跡へ行きました。

日本でペトラ遺跡のTVを見られたとメールで読んだのであなたの方(注 あすなろさん)がペトラに詳しいかもしれないね。

アカバからまず、タクシーで1時間半ぐらいのベドウィンの村 ワディラムと言うところへ行きました。
青年協力隊で既に帰国した人は8回も行ったと言っていた若者に人気の村です。
外で寝て満天の星を見るのがいいらしい。
そこのベドウィンキャンプで1泊。

広々とした砂漠と岩がどこまでも続いているワディラムの風景

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夕日を見る岩の上のスポットからみた夕日

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アルギーレ(水たばこ)の回し飲みをするベドウィンキャンプのオーナー親子と
外国を回る貨物船の元船員であり、元タクシー運転手だったお客のおじさん(結婚で船員からタクシー運転手に転職したそうです)

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親切な人でいろいろ参考になることを教えてくれました。
働き過ぎたのか病気らしく一緒に来ていた奥さんがたくさんの薬を飲ましていた。
ヨルダン人は身内の結束が強く、親戚7人でキャンプを楽しんでいました。

早朝、広い砂漠の上を偶然、熱気球が飛んできました。

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